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九宮法(きゅうきゅうほう)(2018年4月号) [2018]

 四月、新しいことを始めるに絶好の季節です。私も新たにいくつかの講座を担当することとなりました。新しい出会いがあり、そしてその人の数だけ様々な文字を拝見させていただいています。
 最近の文字の傾向は、「手書きらしい」文字よりも、おしなべて「活字的」な文字を書く方が多くなったように思います。これは特に若年者に顕著な現象です。活字は読み易いようにデザインされていますが、メリハリが弱く、「美しさ」「表現力」「表情性」という面では手書きの文字とは差があります。
 文字を書くマスの中央に、たて横の線を引いて練習したことはありませんか。これは古来より「田字格(でんじかく)」と言われ広く活用されてきたものです。これ以外に「米字格(べいじかく)」というものもあります。書道半紙の下敷きにこのような罫線の引かれたものを見たことのある方もいるでしょう。それから、「九宮格」というものもあります。この「九宮格(きゅうきゅうかく)」で練習することを「九宮法」といいます。これで練習したことがある方は少ないと思いますが、活字的な文字を書く人の増える昨今、私はこの九宮法に注目しています。九宮法だと、文字の奥行き感覚について学び易いからです。
 例えば「市」の字です。活字的に書くと、市の字の一の線は左右のたて画とほぼ同じ幅になるのですが、手書きらしくメリハリをつけて書けば、一の線は長く左右のたて画は九宮格のたての二本の線に寄ってきます。元(げん)の陳繹曾(ちんえきそう)の『翰林要訣(かんりんようけつ)』第九には、「九宮は八面の点画みな中心に拱(かか)ふ」とあります。周囲にある八面の点画がみな中心の格にかかえこまれるように集中すべし、と述べているのです。
 書を学ぶには、それこそ数え切れない程の練習法がありますが、活字的な手書きが溢れるこのごろ、この九宮法を見直してみるのもよいかもしれません。
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誌上展に向けてスタート!(2018年3月号) [2018]

 四年に一度の「実り」誌上展が、今年の十一月号で行われます。東京書藝展のように、会場を使わず「実り」誌上での作品発表会です。誌上展の特徴は、会員全員に作品が配布されるということです。それだけに後々まで残るものといえるでしょう。また、遠方にお住いの方も平等に参加が可能となります。
 作品を創り上げることは無から有を生み出すが如く容易なことではありません。そのためには作品完成に向けて段階をふみながら進んでいくことをお薦めします。まず、第一には題材選びです。書は「言葉」を扱います。どんな言葉を選ぶかは、何を表現するか大切なメッセージになります。次に、書きぶりです。字体、書体、配字等を考えます。筆記具、墨、用紙を選ぶのも書を愉しむ醍醐味の一つです。特に今回は「誌上展」となりますので、作品のサイズは大きいものは縮小され、逆に小さいものは拡大されて掲載されます。実り誌面において鑑賞されることを前提としますので、その字粒、書式等を決めることも重要です。
 ここまでお話しすると、さも難しい作業のように思われるかも知れませんが、作品制作に迷ったら、指導者に相談したり、また過去の誌上展号を参考にしてみるとよいでしょう。作品を一つ創り上げる過程では様々な学びがあるものです。多種多様の作品が掲載されることが、必ずや会員同士のこれからの学習の大きな励みになることでしょう。上級者、初心者を問わず、誌上展へぜひ挑戦してみて下さい。
 これからの時期、寒く乾燥した空気も和らぎ、墨も滑らかな季節がやってきます。誌上展に向けてスタートするにはちょうどよい頃合です。会員の皆様が書の幅をさらに広げられますことを期待しています。

アナログへの回帰(2018年2月号) [2018]

 新年早々、家族で大きな文具店めぐりをしてきました。多くの若年層が楽しそうに文具の品定めをしており、大変な賑わいぶりでした。求める文具にもこだわりがあるようで、シャープペンシルの芯の太さや、消しゴムの消え方のレベルなど、様々な角度から観察しているようすが印象的でした。
 最近は、クラシックモデルとして売り出された高価なシャープペンシルが飛ぶように売れていると聞きます。私の普段使いの硬筆は、ほとんどが万年筆かえんぴつで、シャープペンシルの世界には少々疎いのですが、それはそれでアナログ的な価値があるのでしょう。今年いただいた年賀状を拝見して、二十歳未満の若年層に、あて名書きを含め手書き率が高かったようでした。デジタルネイティブと呼ばれる世代にして、かくありきかと感じた次第です。
 二〇一二年六月二十七日、ヨーロッパで最大の発行部数を誇るドイツの新聞『ビルド』紙が前代未聞の手書きの第一面を発行し、手で書く技術を軽視してはならないと警告しています。「手書きの機会が減り、脳が退化する」とし、「手書きの復興」を呼びかけたのです。イギリスの研究では、成人のうち三人に一人は半年間一度も手書き文字を書いたことがなく、平均すれば四十一日間も文字を手書きしていないという調査結果も同紙は報告しています。
 アメリカでは二年以上、電子書籍の販売が減り続けており、一方、紙の本の売り上げが回復しているそうです。この理由には、タブレット端末を長時間使うことによる「デジタル疲れ」があるといわれています。
 子供達の学習のようすを伝える通信簿が、いつの頃からかパソコンで打たれてあたり前となってきました。一方で、通信簿の先生からの所見の欄は必ず手書きするとしている学校もあるそうです。
 文化人類学の学問領域では、人類の進化は手作業の高次化と比例していることが前提となっています。ボタンやパネルばかりの生活を送る人が増える時代、これをどう捉え、解決していくか、人類は文明の大きな岐路にさしかかっていることに気づくべきでしょう。

書画琴碁詩酒花(2019年1月号) [2018]

 あけましておめでとうございます。昨年中は会員の皆様と共に平素の教室、行事等を無事行えましたこと御礼申し上げます。今年は四年に一度の誌上展の開催の年でもあります。日頃の稽古の成果を形に残すよい機会です。皆さまの参加を心よりお待ちしています。
 冒頭の言葉「書画琴碁詩酒花」は、古来文人墨客が友として楽しむ七つの事柄を指したものです。新春の雰囲気にも合う雅な言葉です。脳科学的な視点からみれば、「画」は視覚野を、「琴」は聴覚野を、「詩」は言語野を通して脳に刺激を与えます。「碁」などの勝負にかかわるゲーム的要素のある活動は、前頭前野の一部が活発に動き始めることが分かっています。また「酒」を飲むと大脳皮質の「抑制」「判断」「注意」……などといった人間の高次な機能は低下しますが、そのかわり、それに抑えられていた大脳辺縁系といった人間の本能的な部分が顔を出してきます。人間は大脳皮質だけで生きているわけではないのですから、人間の脳活動の源ともなる脳の領域の活動を促してみるのも大切なのかもしれません。李白を始め、歴史的にも活発な言語活動をなした文人に、酒豪が多かったのはこのせいでしょうか。「花」は造型的な美しさはもとより時節の移ろいを感じさせ、その香りも様々です。空間、時間、臭覚等、様々な感覚を同時に刺激します。そして「書」は詩のもつ言語性を始め、画や花が持つ造型性、琴にあるリズム性も以て脳の活動を促しています。
 脳は、様々な領域がそれぞれの役割を果たしながら協調して機能します。領域の境界は異種感覚心象間の転換が行われるとも言われ、例えば「黄色い声」などといった色と音の異種の感覚が連結します。人が脳の様々な領域どうしのつながりを深めるためにも先に述べたような様々な経験を積むことの意義があるのです。こうした脳の配置は人間が決めたことではないし、もし人工知能を、より人間に近いものにするとしたら、これを模さなくてはならないでしょうし、そもそもその必要はないでしょう。
 世界はIT技術を通して様々な情報を手に入れられるようになってきています。しかしながら書画琴碁詩酒花を楽しみきれる脳が育まれているとは言い難いようです。手指の微細な感覚や、花自体から発せられる香りは実体験からしか得ることは出来ないからです。シリコンバレーの先駆者たちの少なからずが、その子弟を経験を重視したシュタイナー教育で育てていると聞きます。便利すぎる機械に囲まれていればいるほど身体を通したリアルな経験の大切さが分かってくるのかもしれません。
 世はさらに利便性、合理性を追求する道を突き進んでいます。これも行き過ぎて依存しきれば人間の能力は低くなり、機械に逆に使われるようになってしまいかねません。問題は、機械に極度に依存する未来の社会が、どう機械を使いこなすべきか考えることのできる人間自身の脳機能を維持し続けられるかということにあると思います。人間の知能と人工知能の競争はあと十数年でその臨界期を迎えることでしょう。本会の活動がその備えの一助となれば幸いです。

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